火鉢大会議
春先の大地震のあと、東京近県では計画停電というものがあって、電気を自由に使えなかった。東京はそんなに寒くなかったけれど、たいへんな災害にあった奥羽地方では、地震のあとも雪の降る日があったそうだ。そのあとだんだんと世間が暖かくなって、夏にも大きな停電があるぞ、あるぞと心配されていたけれども、そのようなことにはならなかった。冬はまたどうなるのか知らない。寒くても火鉢があれば電気の気づかいはないが、ことはそう単純ではない。といって、どう単純でないかと説明を求められると困るのであって、日本あるいは地球レベルのエネルギー供給の問題は別個に議論せねばなるまい、と逃げを打っておいて、ここでは趣味レベルの火鉢の話をする。
趣味の火鉢というと、なにやら民芸品のコレクターめいてくるが、なにも道具やモノに凝ろうというのではない。暖房器具として火鉢を使うというのはひとつの選択であって、選択の根拠となるのは好みである。ようするに、難しいことを考えずに好きで火鉢を使ったうえでの雑感、ということを書きたいのであるが、べつだんこだわりがあって火鉢を使っているわけではないので、これを書かねば死んでも死にきられん、というような題材はない。しかたないので、火鉢自身に語ってもらうことにした。ただし、火鉢単体ではものの用にならないので、火鉢といっしょに仕事をしている諸氏もまじえて話をしてもらう。なかなか人数の多い会になりそうだから、私が議長役を買って出ることにした。
火鉢 「……」
議長 「もしもし」
火鉢 「……」
議長 「あのう、黙っていないで何か発言してください」
火鉢 「……発言といわれてものう、何をしゃべればいいんじゃ」
炭 「議長! 議長」
議長 「なんですか、炭さん。あなたはいつもパチパチはぜてうるさいですね」
炭 「わしらはいったい何のために呼び集められたんでありますか? 部屋を暖かくするためと違いますか。むかしから言われるように、女三人寄ればかしましく、座もにぎやかに暖まる道理であります。わしらは身を粉にして、いや身を灰にして、お客様がたに暖をとらせるよう粉骨砕身、灰骨焼身がんばっているんであります。おしゃべりで部屋を暖めたいのなら、女性のお客様に発言させればよろしいでしょう。わしらにはおしゃべりしている余裕なんぞありません」
議長 「そのわりにはずいぶんよくしゃべりますな。見てのとおり、今日は女性のお客様はいらっしゃらないのですよ」
鉄瓶 「あのう、議長」
議長 「どうしました」
鉄瓶 「いちおう、その、わたくし女なものですから」
議長 「えっ、あなた女だったんですか」
鉄瓶 「わたくしどもヤカンの一門は、フランス語では女性名詞ですの」
議長 「そうなのですか。南部生まれのあなたが、フランス語がおできになるとは意外ですね」
灰掻き 「はんかくさいこと言うでねえ。南部もんをバカにすんなす」
議長 「え、ナスがどうしました? 灰掻きさん」
灰掻き 「南部藩は昔から佐幕派で知られとるんじゃ。戊辰のいくさのおり、幕府は親仏政策をとっておったすけ、南部のインテリはフランス語ができるんじゃ」
議長 「すると、灰掻きさんもフランス語は相当堪能なほうで」
灰掻き 「いんや、まるっきりわがんね」
炭 「なあんだ」
灰掻き 「なあんだとはなんだ。失敬な奴だべなあ」
炭 「で、何の話でしたっけ。ああそうだ、女性に発言をさせようということでしたな。しかし議長、わたくし思いますに、議題も何も提示せず、女性だからというだけでいきなり話を振るというのはちょっと乱暴じゃないですか」
議長 「あなたが言うからそうしたんでしょう。発言に一貫性がないのは困るなあ。しかし、議題を提示せよというのはもっともですね」
炭 「そうですとも」
議長 「ええ、では改めまして、本日の会の主旨を説明いたします。巷では電気のことでいろいろ難しいことが起きていますが、われわれ火鉢愛好者としては、電気を使わないという立場から、ひとつ積極的にですね、火鉢の魅力を発信していこうと申しますか、つまりその……」
火鉢 「待ってくれ、少し言いたいことがある」
議長 「おや、火鉢さん、ようやく御発言を賜ることができそうですな。なにしろあなたがしゃべってくださらんと始まりませんからな」
炭 「そうそう、火鉢さんがきょうの主役なんですから、あなたがしゃべらんことには誰もしゃべれませんよ」
議長 「あなたはじゅうぶんしゃべってるじゃないですか」
炭 「何をいうか、さっきから一回平均二行半くらいしかしゃべっておりませんぞ」
議長 「ちょっとだまっててくれませんか。火鉢さん、異議というのはなんです」
火鉢 「いや、異議というほどのことではないが、議長さんのお言葉にひとつだけひっかかるところがある。まず、愛好者というのが気に入らん」
議長 「とおっしゃいますと」
火鉢 「わしらとしてはだ、べつに愛好されたくてこの稼業をやっとるわけじゃない。そりゃ大事にされるのは嬉しいが、愛好する、しないというのは使う側の都合じゃないかね」
議長 「はあ、いけませんか」
火鉢 「たとえばだ、電子レンジ愛好者というのがいるか。エアコン愛好者というのがいるか。なぜ古いというだけで愛好の対象にされねばならんのだ。わしらは実用品だ。本来の使途目的にあわせて便利に使ってもらえばそれでじゅうぶんだ。誰にも愛好してくれなんぞと頼んだ覚えはないわい」
炭 「でも家電芸人とかいう人種もいるらしいですぜ」
議長 「すみません、話をまぜっかえさないでもらえますか。それで、その……火鉢さんがおっしゃるのは、つまり実用品は趣味の対象にならないということでしょうか」
火鉢 「そこまでは言っておらんが、愛好ということが前面に出てくるのはいかん。愛好する、しないではなく、使う使わないが大事だ。違うか」
炭 「はは、ずいぶんヘソが曲がってらア。ほんとうは好かれたいのにあれこれ文句をいいやがる。そういうの、最近世間じゃツンデレというんですよ。お年寄りですから知らないでしょうけど」
鉄瓶 「でも、火鉢さんのご意見はもっともだと思います。愛好というと、なんだか高尚な趣味の世界に閉じこもってしまうようで、かえって使いたい人の間口を狭くしてしまうんじゃないかしら」
灰掻き 「んだなす、わしら南部鉄器も、やれ民芸ブームだ伝統に帰れだで、ひところはずいぶん景気がよかったが、けっきょく廉価なものは淘汰され高級品だけが残ってしまった。これでは貧乏人や学生には手が出せねすけ、有閑マダムのインテリアを飾るばっかしじゃ鉄器に生まれた甲斐がねえのす」
炭 「いやあ、それは皆さんが耐久消費財だから言えることですよ。有閑マダムのインテリア、おおいにけっこうじゃない。私らなんかはパッと燃え上がって、もうそれでおしまいですからね、そもそも愛好の対象になりやしないんだ。そこへ行くと皆さんは恵まれていますよ」
五徳 「灰掻きさんよ、あんた、いかにも高級南部鉄器のお仲間のような顔をしてるが、あなたをコレクションして喜ぶ人なんていますかな」
議長 「おや、五徳さん、きょう初めて発言されましたな」
五徳 「わしは南部鉄器でもなんでもない、築地場外で五百円で売られてる量産規格品だが、同僚にはいろんなところへ行ったやつがいる。理科室の実験道具になってアルコールランプと組んで働いてるのもいれば、旅館の大食堂に勤めてる連中もある。わしはこうして火鉢に据え付けられているわけだが、これまで実用一辺倒な連中ばかりに囲まれて生きてきたせいか、実用と愛好の問題などについては考えたこともなかった」
灰掻き 「だすけ、わすの発言に文句つけるだか」
五徳 「文句をつけるわけじゃないが、人と同様、道具にも分相応というものがある。鉄瓶のお嬢さんは実用品にもなればインテリアにもなるが、灰掻きさん、あんたもわしと同じで、ほんらい実用一辺倒の人間、いや道具じゃないかね」
灰掻き 「だがらどうした」
五徳 「あんたが鉄瓶のお嬢さんと同じ視点でものを語るのがおかしいというのさ」
灰掻き 「んだと」
火箸 「親分さん、親分さん」
議長 「火箸さん、起きてたんですか。発言がないから寝てたのかと思った。ところで親分さんというのは……」
火箸 「ああ、間違えました。ええと、ええ、議長さん」
議長 「はい、なんですか」
火箸 「すいません、ボク、零細屑鉄工場の生まれでして、同僚に十手になったやつがいたもんですから」
議長 「十手? あの、捕物帖やなんかに出てくる……」
火箸 「はいはい、そうです、その十手です」
議長 「いまどき十手なんか生産されてるもんですか」
火箸 「それが、需要があるのですよ。ボクの同僚はテレビ映画の小道具専門の会社に卸されましてね、うらやましいなあ、芸能界デビューですよ。それでつい、捕物帖の世界に憧れるあまり、ボクも議長さんを親分さんと呼んでしまった次第で。はい、どうも失礼しました、はい」
議長 「おう、そうかい、そんならハチ公、てめえの了見を言ってみな」
炭 「議長、そこで乗らなくても」
火箸 「はい、ボク、思ったんですけど、コレクションされる対象でもべつにいいんじゃないかと思います。ボクも十手になった同僚と同じ、アルミ錫合金素材ですけど、運命はボクらを分けました。あいつは華やかな芸能活動に身を投じ、ボクはこんなしょぼくれた家で火鉢の灰にささってる」
議長 「すみませんね、しょぼくれた家で」
火箸 「でもボク気にしてません。だって、ボクら道具は人のためにあるものですから、どう使おうと使う人の勝手でしょ。実用とか愛好は関係ないです」
火鉢 「坊や、おまえさんはまだ若い。私ぐらい生きているとね、いろいろ危ない目にも遭うんだよ。火鉢を火鉢としてちゃんと使ってもらえることがどれだけ有難いか、考えてみなさい」
議長 「たしかに、火鉢を金魚鉢や植木鉢に転用する人が多いとは聞いてますが、それはひとつの使い途じゃないですか。危ない目というのは」
火鉢 「なにを隠そう、わしは寝たきり婆さんのシビンがわりになったこともある」
一同 「えっ」
しばしの沈黙ののち、 「おいマジかよ」 「冗談きついぜ」 「その中にいる俺たちって一体何なんだ」等のささやきが飛び交う。
議長 「せ、静粛に! みなさん。静粛になさってください。しかし、知らなかったとはいえ、参ったなあ……」
灰 「なんの騒ぎです」
炭 「あ、こいつも今はじめてしゃべった」
灰 「私たち灰は、年にいちどの大掃除の時くらいしか交換してもらえませんからね。なかなか存在を意識してもらえないのですよ。もっとも、ここの主人はものぐさだから、それすらもさぼっているようだけど」
議長 「主人なんて封建的な呼び方はよしてください。議長と呼んでください」
炭 「きょうはそういうことになってるらしいから、言うこと聞いてやって」
灰 「はは、そうですか。で、議長さん、シビンがどうとか言ってましたが」
議長 「ああ、それが、かくかくしかじかでね」
灰 「かくかくではわかりませんが」
議長 「だから、察してください。かくかくしかじかなんですよ」
灰 「ははあ、なんだ、そんなことですか」
炭 「あれ、イヤがらないの。いちばん密着度高いのに」
灰 「火には浄めの効果があるんですよ。おしゃべりな炭さんのおかげで、きっとこの火鉢もすっかり浄められていますよ」
灰掻き 「どうせ迷信だすけ」
火箸 「ボク、転職活動考えようかな」
鉄瓶 「みなさん、そんな不人情なひとたちだったんですねッ。私は火鉢さんがシビンでも気にしません」
灰掻き 「ええ子じゃのう」
五徳 「鉄瓶さんだけは火鉢さんとじかに触れ合わないんだから、そりゃ気にもならんでしょうよ」
灰掻き 「いちいちつっかかるのう、あんたは」
五徳 「そういうあなたも鉄瓶嬢さんのこととなるとムキになりますな」
灰掻き 「そ、そりゃ同じ南部の産だもの」
火箸 「あ、赤くなった」
議長 「なんだって、鉄器が赤くなったって。オーバーヒートだ、えらいこっちゃ」
灰 「まあまあみなさん、私がいれば大丈夫ですよ。なんたって灰には断熱効果があるんですから」
議長 「ああ、そうでした、安心でしたね。さて、すっかり話が横道にそれましたが、今までのことをまとめますと、まず実用品として見直すことが大事で、高尚な趣味の問題ということになりますといたずらに門戸を狭めることになる、したがって、間口を限定するような言い方はしないほうがいい、ということでよろしかったかと思います。さきほどの愛好者という私の言葉は、使用者に訂正させて頂きます。火鉢さん、これでいいですか」
火鉢 「いや、まだ言いたいことがある」
議長 「あれ、だってさっきひとつだけっておっしゃってたじゃないですか」
火鉢 「そんな何十行も前のことは覚えとりゃせん。さきほどの議長発言だが、火鉢の魅力なんぞということを言っておった。魅力とはどういうことか、具体的にお話し願いたい」
議長 「ですからですね、その、エコとか……」
火鉢 「それがいかんな。まず生活の便利に応じて火鉢を使うということ、それが第一じゃ。いらんこじつけはせんでええ」
議長 「はあ、しかしそれでは今日話すことがなくなってしまいます……」
鉄瓶 「ああ、もう、めんどくさい男ね」
火箸 「え、急にキャラが変わった」
鉄瓶 「いいこと? 私たちは普通に仕事ができればいいの。愛好とか趣味とか実用とかどうでもいいの。使い方にこだわりがあるんなら、ミクシイで火鉢コミュニティでも作って勝手にやってればいいじゃない」
灰掻き 「ミクシイってなんすか」
議長 「はあ、では今日のお話はもう終わりになってしまいますが……」
灰 「ようはね、道具に使われるな、道具を使えということですよ。あれこれこだわるからややこしくなるのね。伝統芸能じゃないんだから、使いたいように使えばいいということ」
議長 「なるほど」
灰 「あ、でも灰の掃除はちゃんとやってね」
五徳 「ところで、炭のやつ、さっきからちっともしゃべらなくなったが……」
議長 「そういえばそうですね。どうしたんだろう? あっ」
炭、すっかり燃え尽きて白くなっている。
議長 「うるさい人がいなくなってしまったので、さて、どうしますか」
火鉢 「一瞬の命を生きておったんじゃのう」
鉄瓶 「弔い酒でもしますか」
五徳 「お、お嬢さん、その中味はもしかしてお湯じゃなくてお酒」
灰掻き 「それはごっついのす。さっそく飲もう」
五徳 「あんた、酔っぱらうとお嬢さんに絡みそうだからな。あんたはやめとけ」
灰掻き 「なにを」
この家の大家が現れる。
大家 「(議長に)ちょっと、あんた! 何度言ったらわかるの! ここは集合住宅なんですからね、炭火は迷惑なの。金輪際やめてちょうだいね」
議長 「(大家に)はっ、こりゃどうもすみません、私はやめようといったんですが、このとおりみんなが勝手にさわぐもんで」
大家 「なにいってんの、あんたひとりしかいないじゃない!」
火箸 「(一同に)ねえ、やっぱりボクら転職したほうがよさそうじゃないですか?」
(了)