2017年のはじまりに

吸い込む空気が急に冷たくなったと思ったら、さっぱり年が明けました。
あけまして、おめでとうございます。

昨年は元日からTwitterを始めて、すっかりアウトプットが向こうへ行ったきり。
そのせいで、こちらのページは閑散として、かえって今は書きやすくなった気すらします。

かといって、かっこいい抱負など持ち合わせていませんが、
これまでに考えてきたモノやアイデアを整理して、
ものによっては実際に制作できればいいなと思っています。

ところで、今日は新年の図案を掲載して、一緒に「Macaroni」のページも用意しました。
以前のサイト以来の紹介で、およそ十数年ぶり。

これにはワケがあって、昨秋だったか、海外のパズル家さんから問い合わせがあり、
ある組木の一部に利用(?)されたのでした。
ところが、その記事は非公開情報だそうなので、ご紹介できないのが惜しいところ。

そういうわけで、今年もよろしくお願いします。

根っこの芽

やはり、それなりに間が空いてしまいました。

昨年の秋から続いている「文字しごと」に追われているのですが、
その着地まで、あと少し。
それで、少しずつ自分の書きものに頭が向き始めています。

そういえば、前回「インプットやアウトプットを変えて」と書いたあと、
ほどなくしてTwitterを始めてみました。
何の役に立つのか分からない、ちょっとしたことを書き連ねていますが、
たまに「パズルの根っこ論」の芽みたいな思い付きも入っています。

きちんと整理するには、もうちょっと時間が必要かな、という感じです。
サイトの剪定も、少しずつ進めています。

2016年の始まりに

あけまして、おめでとうございます。

前回の日付からすると、けっこう長い空白でした。

このページから離れていたのには、わりと明確な理由があって、
それは消化しきれないほど、身の周りに文字があふれていたからでした。

たしか、冬が終わって暖かくなってくる少し前だったか、
これからは文字に絡む作業が多くなりそうだという感じがあって、
それは面白そうだけど、偏りすぎもいけないなと思っていたのです。

昨年の夏、縁あって『数学マジック事典 改訂版』の刊行に関わり、
それとは別に、今度は図案としての文字にも対面することが重なりました。
それで、ちょっと文字に対して食傷気味になることもあったんです。

でも、いったん慣れてくるとワガママなもので、
むしろ文字に絡んだことをやりたくなってしまいます。
ところが、今度は時間がないから、
アイデアばかりの頭でっかちになってしまったりする。

そういうわけで、この年の変わり目に、
わざとインプットやアウトプットを変えてみて、
自分の思考をリフレッシュさせようかなと思っています。
こうして書き連ねているのも、そのひとつ。

そうそう、このタイミングでプロジェクトのページを少し整理しました。
懐かしいものも、新しいものもあります。

それでは、本年もよろしくお願いいたします。

根っこの前に

たしか十年くらい前に、「パズルってシャヘイだね」と言われたことがあります。
しゃへい?
漢字だと「遮蔽」なんて書く、あのシャヘイです。
そう言ったのはパズルとは無縁の人で、それでも職業がら、物事の観察には長けた人物。

その方の話だと、パズルってのは結局のところシャヘイだと、そう言うわけです。
実は、私の記憶もあいまいで、あまり話の前後もはっきりしないのですが、
自分の作ったものを見せたら、そんな発言が出てきたように記憶しています。

つい最近、とある案件で、パズルの資料を大量に調べる必要がありました。
まるで、パズル史の長編映画を一度に見てしまったような、
かなりの情報過多におちいったときのことです。

不意に、あぁパズルの全体に「隠す」とか「隠れている」とか、
そういう状況があふれているな、と思えたのです。
大発見をしたとか、そういうことではなくて、なんとなく。
これが、シャヘイということかと。

もちろん、「隠すこと」はパズルに限らないのだけれど、
ただ、少なくともパズルにとっては外せない要素の一つでしょう。

パズルの問題だったり、パズル的なおもちゃを作る人たちにとって、
どんなことを見つけてもらうか、それをどこまで見せておいて、
何を、どうやって隠すのかは、とても大事なポイントです。

ゴールを隠さずに見せて、そこに挑ませる面白さもあれば、
あえて隠すことで面白くなったものもある。
その隠し方なり、隠したこと自体を楽しむわけで、
そういう変化を時代に沿って追えば、パズル史になるのかもしれない。

その一方で、パズルを楽しんで、面白さを伝える人たちもいます。
どこまで隠さずに言ってしまうか、どこまで見せてしまうか、
写真を撮るときは工夫しないと、なんて考えたりしますね。

情報を得る側にとっては厄介なのかもしれないけれど、
そういう秘密派と公開派みたいなスタンスの違いも、
これまたパズル界隈の面白い現象だったりするわけです。
ここにも、向きの違ったシャヘイがあります。

そんなことを、だらりと考えていたら、
そろそろパズルの根っこについて考えてみても、
何か得るものがあるかもしれないな、と思いました。

「パズルを考える」のではなくて、「パズルについて」を考える。
それで、「パズルの根っこ論」なんてカテゴリーを作ってみました。

すんなり、はじまる。

以前のブログから引き継ぐ形で、kofth.comの中に引っ越してきました。

といっても、あのブログは「あれやこれや」という昔のページを切り離したもの。
そういう意味では、9年越しで戻ってきたような気もします。

こうして場所が変わっても、おそらく雑多な話題が並ぶわけで、
こんなことがありました、とか、こういう思いつきが、とか、
整理と未整理の合間を手探りで進むことになりそうです。

とにかく、いろいろお知らせしたい気持ちと、
まぁ焦りなさんな、という気持ちが混ざりあっています。