このところのアウトプット

このページでは、一年ほどのごぶさたでした。

ぺんぺん草が生えないくらい、とは、まさにこのこと。そろそろ近況を整理しようと思っていたのに、すっかり失念するくらい多岐にわたっていて、しゃれた言い訳も忘れてしまった。

実のところ、アウトプットの方向が複雑に分かれていて、Kofthのトップページに掲げた「最近の動き」も込み入ってきた。ここはひとまず、物体としての実体があるかどうかで分けながら紹介してみよう。まずは、いわゆるモノの方面から。

物体のアウトプット

いつから取り上げればいいのか判断がつかないので、とりあえず2024年から見ていく。これまでの制作物は、ざっくり以下のとおり。

このうち「Tentmaker RD」は以前の「Tentmaker 2021」を決定版としてブラッシュアップしたもの。二種類あるトートバッグは、後述のポッドキャストをきっかけにオリジナルグッズとして制作したところ、意外と高品質の仕上がり(しかもKofthの方は迷路などで遊べる謎仕様)。「Dice Window」は個人的なギフトで消えたはずが、海外からの強いオファーで正式に作るハメになった変則パッキング。最後にある「Beginner’s Link」と「さかなのおなかにわがひとつ」は、けっこう原始的なのにトリッキーな知恵の輪。

というわけで、なんとも多彩である。たいしたもんだ。

情報のアウトプット

今度は形のない、いや形があるにはあるんだけども、いわゆる最終的なアウトプットがパズルおもちゃではない感じのするプロジェクトを見ていこう。

最初の三つは、これまでも触れたことがあるし、本ページについては説明不要だろう(いま見ているじゃないか)。問題は最後の一つである。

ここでのnoteとは、いわゆる記事を投稿するブログ的なサービスのこと。本ページ「かきものごと」がKofthという屋号を背負いつつ、しかも結構マニアックで内に向かう内容なのに対し、あちらで始めた「コフノテ」は、パズルを軸に、わりと外向きというか、それほどパズルに慣れていない(けれども興味はある)人も意識しながら書いている。

実際、パズル方面の時事的なトピックにも触れているし、音でしか表現できず、編集にも時間のかかる「パズルの話半分」を補う形で発信できてるんじゃないかな。

あと、これは個人的な願望として、もっとパズルの随筆が読みたいという思いもある。かつての芦ヶ原伸之や高木茂男、さらに古くは藤村幸三郎やガードナーといった、パズルの著述家が書き残したような文章をもっと目にしたい。

まあ、ネット検索するなり、各種SNSを探索するなり、適当に調べていけば、それらしい文章には出会える。けれど、パズルを出題するだけとか、パズルのレビューや宣伝とか、そういう「パズルそのもの」を読みたいわけではないのだ。あくまで「パズルについての」文章が読んでみたいのである。

そんなわけで、相変わらずパズルまわりで気ままに動いていますよ、という風の便りを送るつもりで書き残してみた。どうぞ、よろしく。

イトのゆるみ

なんとなく最近、n回目の「いま自分は何をしているんだっけ」が起きている。ただし、ここでのnは3以上で10以下くらいの自然数。

ポッドキャストで適当に話しすぎたせいか、書きもの仕事で深く考えすぎるせいか、正直よく分からない。けれども、なんかこう、頭の中の棚卸しを始めようか、といった心持ちなのだ。

思えば、いろんなことをやっていて、わりとパズル方面に軸を置いてきた。それで、日頃から「パズルって何だろう」と考えることも多く、それが進んで昨今は「パズルで何がしたいんだろう」に変化している。

あれこれの書きものにしても、やはり同じように「何を書けば?」から「どういう人へ向けて書けば?」へと微妙に変わってきた。

それなりにアイデアはあるはずなのに、どれをどのように選ぼうか、そのときどきの意図が自分でも分からなくなってくる。意図がグラつく、というか、ゆるむわけだ。

意図がゆるむ。

字は違えど、糸がゆるむ、に通じる話かもしれない。なんてのは、ただのダジャレですね。

でも、やっぱり糸がゆるんで張力が、テンションが、緊張感が下がっているのは実感としてたしかにあるから、それを理由に、各方面で考えが進まないんだろうな。

もともと、頭を使って考えて、アイデアや仕組みを提案する役回りで生かしていただく人間なので、ちょっと一旦、ここで棚卸をしましょうか、ということです。

だから、今年は傾向として、ちょっと地下に潜ったような感じの活動になりそうだ。

というのを先日、ある集まりで途端に思いついて宣言しておいた。これは今でも正しい気がする。実際、あまり表立って出てくるようなイベントごとは遠慮したいし、インプット・アウトプットの掃除をしながら、面白いものは作っていきたいなと、今そんな心境であります。

それにしても、今日は暖かい。気分がいいから、筆も進む。

夜があるなら昼もある

新企画の立ち上げには多少のエネルギーが必要で、それがイベントだったら、なおのこと。

あれこれと準備を進める中で、まだ本ページで何のアナウンスも出していないことに気が付いた。そこで、遅まきながら、ここで一つお知らせしよう。

手短に言えば、以前の「パズルもの夜席」を昼に移して開くことになった。ちょっと回りくどいか。すなわち、新たに「パズルもの昼席」を開催するわけで、ロゴマークを見れば一目瞭然。あのマニアックな夜の催しが、今度は明るい時間に舞い戻ってくる。さて、どうしよう。

夜席を開催したのは今年の五月。その時点で「昼」を予測していた向きもあると聞くけれど、興行主の自分にとって、それは言葉の上で想像できても、まさか年内に開催するとは思わなかった。そんな時間の余裕はなかったのだ。

実際、とある案件のせいで、秋に入っても慌ただしいことは間違いない。そうなんだけれども、いろいろ関係先の話を聞いて、これは早々に開いておいた方がいいなと感じたのが夏の終わりごろ。詳細は控えるが、なんというか、話の流れというやつである。

結局、会場や協力先と調整しながら、狙いを11月下旬に定めた。それが連休の最終日。なんでも、連休としては今年最後なのだという(と書いたが、よく考えてみれば金曜は平日だから連休でも何でもない)。

そうと決まれば、あとは動くのみ。

ロゴマークも前回の様式に合わせてみた。文字だけでなく、左下のワンポイントと背景色、鳥のシルエットも変わっている。当初、背景は前回と同じ写真だったが、あれは「個人作品を並べる」という趣旨に沿ったチョイスだったから、さすがに変えることにした。ベタなパズルが並んだ写真なら一般性があるし、今度の「秋らしいパズル」という方針に対しても、大きく外れる心配はないだろうと。

そして、今回は夜から昼へ、より参加しやすい形になった。そのため、事前の案内も少し配慮することにしている。きっちりチラシを作って関係筋に渡し、ポッドキャスト「パズルの話半分」でも何度か触れることにしたが、これが吉と出るのかどうか。

ちなみに、このチラシ、裏面は紙折りパズルになっている。ちょっと面白い仕組みのものを利用してみたので、イベントの参加とは無関係に遊んでみてほしいな。会場となるぶんかぶは当然ながら、どこかのパズルショップにも置いてあるとか。

さて、ないことはないが、ほとんど書くことがなくなってきた。イベントの詳細は特設ページを見てもらう方が早い。ひとまず、ほどよく人が来るぐらいの盛況に期待しつつ、参加者として自分も楽しめるものになればと思うばかり。

というわけで、お時間が合えば、是非おいでください。パズルと一緒に待っています。

パズル論の航路

たまたま、パズル全般について論じた文章を読む機会があった。

数理的な話ではなく、歴史や芸術性に注目しながら話を進めるような内容だったと思う。個別の判断に賛否を感じたのはともかく、それ以前に「パズル」が何なのか、その共通認識が少し曖昧な状態で進んでいるように思えて、全体として結局は言葉遊びになってしまうのではないか、という気がして仕方なかった。

端的に言えば、もはやパズルは学際分野をなしていて、数理的な側面だけで語っても不足感がある。具体的な問題や造形物が数多くあるし、それを「解くための方法」だけが論点ではない。文学・歴史学・心理学・芸術学など、それぞれの視点だけで語っても常に何らかの取りこぼしが生じるくらい複雑な対象になっている。船も多いが、行き先も多いのだ。

そういう意味では、各分野でバラバラに論じる前に、まずは「パズル」という入れ物に何が入るのか、いったん先入観を(捨てるまでいかなくとも)薄めながら、可能性のある要素を集めていく必要があるのではないかな。その後で「パズル」って何だろう、と問いかければいい。

そのために集めるべき要素というのも、これまた複雑だ。

ルービック・キューブとか、数独といった、なにも個別具体的な問題群や創作物のレベルに限らない。形のない遊びだとか、意図せずに生まれた自然物なども場合によっては入るだろうし、ぼんやりとパズル的な文脈を帯びた営みすら集めることになるのも目に見える。それが最終的に「パズルではない」と言える状況が来たとしても、現時点では不都合ないのだ。まずは十分に収集して、それから判断すればいい。

ただ、いま自分が見ている種々の議論において、そうした要素の収集が不完全に思えてならないし、そのせいで話が徒労に終わっているような印象を受ける部分がある。だから、パズルに「論」はあっても、これを「学」とするには程遠いように思えてしまう。

もし、広がりのある妥当な進展を目指すなら、現時点では、無邪気に情報を集めるコレクターのような姿勢が求められているのかもしれない。もちろん、それが簡単でないことも分かってはいるのだけれど。

頼まれごとの六月

いろいろと調べものをして、余計な知識が増えていくせいか、自信を持って断定することが億劫になっている。パズルのことはおろか、自分のことについてさえ断言しにくくなっているのだから、このまま行けば、単なる弱気と見分けがつかない。

とはいえ、大層な考えを持っているわけでないから、曖昧に思い付きを述べるとか、ただ事実を列挙するとか、そうやって言葉を発し続けていくのだろう。

ひとまずセオリーどおり、ここ最近の事実を列挙しておくと、この六月は外からの頼まれごとが多かった。

まず初旬に出たのが、『パズル通信ニコリ』183号のミニ連載。どこで最初にアナウンスしたか忘れたが、前号から半ページのコラムを担当している……というのは偉そうだな。まあ、とにかく、小ぢんまり書ける場所をいただいている。

なぜか編集後記の直前なので、彼らの前座を務めたような気分で浮かれてしまうが、このコーナーの執筆陣は私だけではないから、断言するのはいけないか。あくまで個人の感想です。

ニコリ発行の数日後には、代官山にある渋谷区の施設でワークショップを引き受けていた。放課後時間にやって来る生徒さんに向けた「パズルで遊ぼう」という、タイトルも含めて小細工なしのミニ講座。

あいにく、当日は雨で人が少なかったけれど、バンドの練習を待っていた高校生たちが熱心に遊ぶのを見て、なんだか先は明るいぞ、と勝手に希望を抱く。ついでに「DTCパズル」なんてのも作って置いてきた。つまり、ここでしか遊べない。

上の写真を見て「パズルもの夜席」を思い出した人がいたら、それは鋭い。たしかに、とても似ているのだ。しかし、よく見ると画角が違う。

実を言うと、この撮影は「代官山」のためにやったもの。その後、わりと急に「夜席」の話が進んで、そこに残っていた写真を使うことにした。ところが、先に公表されたのが「夜席」だったので、なんともややこしいね。

ただ、今にして思えば、俯瞰した視点の方がパズルに慣れていない人むけだろうし、パズルに接近している方が愛好家の筋に合う。というか、実際そういう意図で選び分けたのかもしれない。よく覚えていないが、まあ、どちらでもいいか。有終完美。閑話休題。

これとは別に、同時期に頼まれて新たに作ったものがあったけれど、あれは五月だったか。そのうち発表されるので、まだ今は言及できないが、ポッドキャスト「パズルの話半分」を聞いていれば、来月には分かるはず。

ひとまず、諸般の事情が完了したから、懸案の書きもの仕事を進めよう。あまり弱気になっているわけにはいかないが、そうならないと断言できる理由もない。もう、七月ですね。